思春期を迎える頃、私たちはテレビの中の笑いや歌から、次第に”街の音”へと耳を傾けるようになった。そこにあったのは、感情を表現する歌ではなく、感情そのものが剥き出しになった歌だった。それが、フォークソングだった。
ギター1本と、時に震えるような声。それは、うまく歌うための音楽ではなかった。何かを伝えたい、叫びたいという欲望が”音”になったものだった。
音は、言葉より先に世界を開く。
「歌は武器ではない。けれど、人の心を動かす。」 ピート・シーガー 敗戦後の日本。瓦礫の中から少しずつ復興していく都市で、新しい音楽文化が密かに芽生え始めていた。アメリカ兵が持ち込んだレコードやラジオ番組は、一部の熱心な若…
記憶のラジオ 声の記憶と戦後のメディア空間
「声は人の顔であり、形であり、身体であり、私そのものである」
戦後の日本では、ラジオが「音を届ける装置」であると同時に、国家の声を浸透させるインフラでもあった。 玉音放送に始まり、天気予報、農業指導、音楽番組、戦災孤児への呼びかけまで──その「声」は、家庭という私的空間の奥へとじわじわと浸透していった¹。 私はその「声」を、はじめは意味ではなく響きとして受け取っていた。父の横で静かにラジオを聴いていたとき、言葉の意味はまだ理解できなかったが、語り手の抑揚、間合い、時に緊張を含んだ沈黙が、空気を変えるのを感じていた。 言葉の背後にある何か──それが「声の記憶」として、私の中に刻まれていったのだ。
首相のバッグは、御代田で縫われている
やまゆり公園の隣。門の前を通り過ぎたことのある人は多いはず。「濱野皮革工藝(はまのひかくこうげい)」の軽井沢工場。所在地は御代田町大字塩野字久古池3036-43。 ここで縫われたバッグが、いま首相官邸を毎日出入りしている…
水を選ぶ――お茶、風呂釜、そして弁天の清水
横浜に住んでいた頃、お茶がうまかった。そのことに、当時は気づきもしなかった。御代田に移り住んで、はじめて気づいた。同じ茶葉、同じ淹れ方なのに、どうも味が出ない。香りが立たず、甘みも薄い。最初は自分の腕を疑った。けれど、ど…
もしもピアノが弾けたなら🎵
もし一瞬でどんなスキルでも身につくなら、何を選びますか?その理由も教えてください。 ピアノが弾けるようになりたい。体で感じた思いを音にして表現できるから。
レジの「10%」を、孫はいつまで払うのか
御代田のツルヤで、夕方に買い物をする。レタス、豆腐、卵。レジを通すと、合計の下に小さく「(10%)」と印字された数字が並ぶ。ふだんは目もとめない、あの数字の話をしたい。 もし、この10%が1%になったらどうなるか。 千円…
水道危機がじわじわ迫っている!
御代田の蛇口をひねると、水が出る。 その水は、浅間山の麓に湧く地下水だ。5カ所の水源から汲み上げ、浄化して、各家庭に届けている。御代田が「軽井沢より安い」と人気を集め、移住者が増え、100区画規模の宅地開発が進むなか、そ…
5月末に出版した本にもう改訂版が必要になるAI時代
世の中の変化は激しい。特にAI絡みのコンテンツビジネスの変化は目もくらむようなスピードで動いている。なので先月末に上梓したばかりの『再生ボタンの裏側』(Amazon Kindle電子版のみ発売中)は改訂版を出さなければな…
道端の石碑が語る西軽井沢の戦後史
御代田を歩けば世界にぶつかる Think global. Act locally. 私のお気に入りの散歩コースは、〈ウグイスの小径〉を通り、御影用水へ出る道だ。 その途中に、いくつかの石碑が立っている。黒御影石の立派な記…
一玉のレタスに畳まれた二十世紀 満州・開拓・高原野菜
レタスの話の続きです。 御代田町のゆるキャラ「みよたん」が腰に下げているポシェットの柄は、レタスだ。町を代表する農産物として役場が公認した、いわば「町の顔」だ。浅間山の南麓、夏でも涼しい斜面に広がるレタス畑は、たしかにこ…
高原レタスとホルムズ海峡
夏の御代田を抜けて佐久の高原に車を走らせると、辺り一面に緑の畝が広がる。隣の川上村まで足を延ばせば、その景色はさらに濃くなる。標高千メートルを超える土地に、ひたすらレタス。日本一のレタス産地である。涼しさという、この土地…
電柱のある風景は、誰が決めているのか
📖電柱のある風景は、誰が決めているのか 御代田の道を歩くと、電柱が並んでいる。 あまりにも当たり前すぎて、疑問に思ったことすらないかもしれない。 でも世界を見渡すと、ロンドンもパリも香港もシンガポールも、電柱がない。 電…
